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白昼夢、或いは全部勘違い

コンテンツの消費

蝶々結びより、「蝶々結びができない」と言うことの方が難しいなんて知らなかった。

春が来た。

昨年、狂ったように私物を捨てたとき、通勤用のスプリングコートも捨ててしまった。
そろそろコートも重たいし買わなければな、と思っていたら、大変可愛いパーカーを見つけてしまったので買った。
パーカーを買う予定はなかったし、スプリングコートを買うつもりだった予算を大幅にオーバーしていたので、スプリングコートは多分買わない。
肌寒い日はごくごく地味なスーツの上に超イケてるパーカーを着て通勤している。
私にしては反抗的な態度だが、特に怒られたことはない。

街で見かけるオフィスレディ達はみんなベージュのトレンチコートを着ている。
トレンチコートのベルト、私はあれがたいそう苦手だ。
きつく結べばシワが寄る、ふんわり結べば解ける。ふんわりを保つため頻繁に整えるようなまめまめしさを私は持ち合わせていない。

トレンチコートのレディを見て、思い出したことがある。
「ねえ、これ結んでくれない?蝶々結びが苦手で、」と背中を向けた友達に頼まれたのは、大学1年生の頃だった。
とても良い人選、私は蝶々結びが大の得意だ。
幼稚園児のころ仕掛け絵本で何度も練習したし、プレゼントや花束にかかっていたリボンをコレクションして美しい蝶々結びを追求したこともある。
縦結びなんてもってのほか、美しくないし、解ける。
私は意気揚々と蝶々結びをした。
「ありがとう」と言ったあの子に「恥ずかしくないのかな」と思った。
もう大学生なのに、蝶々結びができないことも、それを公言することも、人に蝶々結びを頼むことも。
「私は蝶々結びの練習をしていない、蝶々結びひとつ碌にできない人間です」と言っているようなものじゃないか、と。

ところで私はテレビの設置が自力でできる。
初めての一人暮らしをした地獄のワンルームは作りが古く、テレビの配線も今のようにぱちっと差し込むだけではなく、プラスドライバーを使ってなんやかんやしなければいけなかった。
電気屋のおじさんに教わった通りに繋げてテレビが映ったときはとても嬉しくて、「やればできる」に味をしめた。
ブルーレイも繋げた。家の外付けHDDはスマートフォンからも見れるNASだし、無線LANルーターだって自分で設定した。
「配線が苦手だから彼氏にやってもらう」とのたまう友人を内心では馬鹿にしていた。調べてやればできるのに、と。

しかし大人になってからふと気づいてしまった。
「やればできる」には限界があるけれど、「できる人に頼む」能力には限界がないことに。
そして私には「できる人に頼む」能力が足りていないことに。
できなければやって貰えばいいだけだ。
「手伝って欲しい」と伝える能力や、そもそもそんなことを頼める人を作ることは、おそらくテレビの配線より無線LANの設定よりよほど難しくて、守備範囲の広いものだ。

蝶々結びより、「蝶々結びができない」と言うことの方が難しいなんて知らなかった。

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