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白昼夢、或いは全部勘違い

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わからないなら死ねばいい2017

大森さんと私は同い年だけれど、私は「女の子」であることをサボり倒して生きてきたので、私がもっとちゃんと「女の子」をやっていれば実感できたんだろうな、というエピソードや歌詞に巡り会うたびに大変辛い気持ちになり苦悩している。
最たる例はこちら。

結婚するわけじゃないけど ペットボトルでキスとかするかも

笑笑でもいいから 帰りたくない

ペットボトルでキスとかしたこともないし、パチンコに行くような男の人を好きになったこともないし、笑笑に行ったこともない。

夏が大嫌いだから「勹″ッと<るSUMMER」は辛くて聴いてられない。
夏に勹″ッと<ることなんてひとつもないし夏なんかなくなればいいのにと一年中思っている。

わからないなら 死ねばいい

「私の音楽を理解できないなら、死ねば(=私の世界からいなくなれば)いい」ということだと思っていた。
私はすぐ答え合わせをしたがるし、自分でこねくり周りた議論にはなんの価値もなくて、大森さんの話すことだけが事実だと思っている。
「かけがえのないマグマ」を読んだら、大森さんの見解が書いてあった。「わからないなら死ねばいい」は自分のための歌詞だと。
「いつかは終わる それ自体が希望」と歌ったのは五十嵐隆だけれど、そういうことなのかな、と思っている。これも合っているかはわからないが、そもそも音楽以上のものを求めることは既に野暮だ。

わからないなら 死ねばいい、は、おそらく2011年頃に書かれたものだ。

時は流れて2016年3月23日、メジャー2枚目のアルバム「TOKYO BLACK HOLE」の帯にはこう書かれていた。

たぶんこの話これから何回もするから忘れていいよ

忘れていいのだ。
最初は「同じ話を何回もしてしまう自分への自虐」だと思った。私が同じ話ばかりするからだ。
「忘れていいよ」というのは優しさだというのが私の最近の見解だ。忘れた方がいいことは沢山ある。
私は短期記憶が弱いくせに10年も前に見に行ったライブの日付をいちいち覚えているし、昔言われた悪口も多分殆ど覚えている。
そんなこともう、忘れた方がいいのだ。

(ここからの話は私の記憶に基づくものだから、大森さんがこんなこと言った!というのが私の勘違いであったり真っ赤な嘘であったりする可能性を忘れてはならない。)
そして2017年4月1日、大森さんはステージで「わからないならわからないでいい」と言った。
それはメジャー3枚目のアルバム「kitixxxgaia」の曲たちを指してのことだ。
これを読んでいる人は、キチガイアの曲たちにどのくらい身に覚えがあっただろうか。
高校数学Aで習う、集合の図(ベン図ってやつ)を思い出してほしい。
大森さんが集合Aで私が集合Bだとしたら、「勹″ッと<るSUMMER」はAかつ(Bでない)だし、「JI・MO・TOの顔かわいいトモダチ」はAかつBだ。
大森さんは言った。
「全然重ならない人もいればぴったり重なる人もいる」「それはそれでいい」と。
私がこのアルバムで最も「わかる!!!!」と騒ぎ立てている「JI・MO・TOの顔かわいいトモダチ」については「あれ殆どわかんない人ばっかでしょ」と笑っていた。そして、それはそれでいいのだと。
現に他の曲には細かな感想を述べているのに、これについては「東京生まれ東京育ちなのでこの感覚は若干わからないといえばわからない」と言っている人を見かけた。
(長いこと読んでいるブログより。とても好きです。デパスは可愛いやつですね。)

「地元が微妙な地方都市で、進学で上京して(私は上京してないけど)、それなりにカルチャーっぽい友達ができたけど地元帰ったら話が通じない」「でも地元に好きな友達がいる」「地元には帰らない」に当てはまる人、私は何人も知ってるけどそう多くはないんだろうか。そんな人とばかり私が交流しがちだからだろうか。

わからないなら、わからなくていい。
大森さんと同じ経験がないことが悲しくて、せめてなんとかなりそうな「銀のエンゼルもあと1枚」をやろうとしたら、1回目でプラチナエンゼルを出してしまったことがある。
こんなことすら私にはできないのかととても悲しくなったが、大森さんに話したら笑ってくれた。

「わからないなら 死ねばいい」、それは変わらないのだろう。思い出すのは大森さんのライブを聞かずにうつむいて携帯をいじっていた人だ。私だって他のライブで似たようなことをしている。
踏み絵のように、「これはわかる?」「これは身に覚えがある?」と繰り出される情景、「わかる〜」もあれば、ドンピシャ過ぎて直視できないものもあれば、さっぱりわからないものもあるだろう。
それはそれでいいのだ。

わからないなら 死ねばいい、の世界と、
踏み絵を踏んでも踏めなくても、死なない世界、どちらも地続きだ。

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