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白昼夢、或いは全部勘違い

コンテンツの消費

アイコンが好きじゃないから興味ない

メアドが変だから好きじゃない

とても好きな歌詞。
ここでいう「メアド」は無論メールアドレスのことだが、ガラケーのメアド、なんならメモ帳に手書きして渡して入力していたガラケーのメアドのことを思い出す。

また、ここでいう「変」は、ただ「珍妙である」とか「他と違っている」とかではなく、「その集団の暗黙のルールに則っていないこと」だと感じる。
具体的にいうと田舎の狭いコミュニティの中の同級生の集団だ。都会のことはよく知らない。

seventeen」という雑誌がある。
女子中高生向けのファッション誌なのか情報誌なのか、買ったことがないのでわからない。
あの雑誌を躊躇いなく買えるか買えないかはリトマス紙のようなものだ。私が当時から自意識を拗らせていたのがよくわかる。
(なので、「逆上がりもできないまま大人になっちゃって」の私が「ファッション誌なんか読んじゃって」になるのは本当に「やられたって感じ」だ。)
中学生から高校生になる間の春休み、私は同じ高校に進学する元同級生の家で、「seventeen」の「可愛いメアド特集」を読みながら買ってもらう約束をしていた携帯電話のメールアドレスを考えていた。
自分の名前やあだ名、誕生日、好きなミュージシャン、好きなキャラクター、彼氏の名前や誕生日、顔文字(n_nとか、0w0とか)、一番ぶっ飛んでいるなぁと思ったのは「英語のスペルはわざと間違えるほうが可愛い!」というキャッチコピーに基づき提示された「rove」や「lave」だ。なにが可愛いのか私には今もよくわからないが、「seventeenが可愛いって言ってるんだからこれは可愛いのだ」と思う人もいるのだと、今なら想像できる。
既存の「可愛い」は作れるし、新規の「可愛いという概念」も作れるのだ。きれいはきたないしきたないはきれいで、いなたいはかわいい。
高校生になってメールアドレスを交換し出すと、命名規約がスクールカーストによって細分化されていることに気づく。
「派手なメアドにして調子に乗ってる」という悪口を聞いたことがあるだろうか。15歳の頃の私の周りではごくポピュラーなものであった。
この悪口を言われないように気を使ってメールアドレスを考えた私も、今では毎日職場から与えられたメールアドレスを使っている。安全安心だ。

「Over The Party」を初めて聞いたのはおそらく2013年の春から初夏、ガラケーを初めてiPhoneに機種変した前後のことだ。
それ以降メアドを交換する機会はめっきり減ってしまった。
取って代わってLINEのアイコン。
職場の人は大体、子どもの写真かペットの写真だ。人畜無害。「たぶんこの人は職場で急に暴力を振るってきたりお金を貸しても踏み倒したりしないんだろうなあ」という程度の社会的な安心を与えてくれる。世の中にどんな人がいても、ある程度の人格破綻なら私と私の周りに害がなければ基本的に知ったことではないが、仕事で関わる人の人格は破綻していない方がいい。

打って変わってSNSのアイコン、いろんな人がいる。
人間関係のキャパシティが既にいっぱいなので新規受付をほぼ停止して大体の人を無視している。ごく稀に口を開く。「縄張り意識が強くて、『ここまでです!』っていう線引きのある人」と言われたことがある。たまに、天気のいい日などは、「なんかごめん」という気持ちになる。

知らない人のことはアカウント名とアイコンで判断するしかない。décilitreってなんだよ、単位だよ。

当たり前にそうやって過ごしてきたが、ある日「私はたかだかアイコンで人を判断して、それ以上の関係を求めようとしないのか」ということに気づいた。あんな小さい画像で。
自分でもゾッとした。

誰かが私のことを「いい歳してファッション絶望ごっこの上にアイコンはぬいぐるみなのかよ、」とか思っているかもしれない。事実なので否定のしようがない。可愛いでしょ、シャルロッテちゃん。

何が言いたいかというと、
「みんな社交的ですごいなあ」と、
「アイコン一つで他人を判断するのは少し寂しいな」ということだ。

でも今日は曇りだから、あんまり人と話したくはない。

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