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白昼夢、或いは全部勘違い

コンテンツの消費

踏み絵としての大森靖子とJI・MO・TOの顔かわいいトモダチ

大森さんの新譜のレビューとか感想とかではなくて私の話。

(ちゃんと先に言ったんだから私の話が読みたい人だけ読んでくれ)

大森靖子ちゃんのメジャー3rdアルバム「kitixxxgaia」より、「JI・MO・TOの顔かわいいトモダチ」。
私はこのアルバムを最初に1周した時に「これだ!!!!!!」と思った。
大森さんとは、世代が同じで、地元の地方都市具合も近く(松山の方が都会だけれど)、「この歌のことを私は知っている!!」と思った。

議論する前に言葉の意味を明確にすべきなので、「踏み絵」を辞書から抜粋する。

1 江戸時代、キリシタンでないことを証明するために、キリスト、マリアの絵像を踏むこと(絵踏み)に用いたもの
2 ある人の思想・主義などを強権的に調べること。また、その手段。

まずは語源のほうの「踏み絵」の話をする。
そのためには小説でも映画でもよいので「沈黙」を読むなり観るなりしてほしい。
「沈黙」には絵踏みが出来ない人がたくさん出てくる。踏まないと、筵に包まれて焼かれたり、こめかみに穴を開けられて逆さ吊りにされたり、手足を縛られて海に沈められたりするのに、だ。
子どもの頃は「なんで踏まないと死んじゃうのに踏まないんだろう」と疑問だった。けれどようやく最近「パライソだけが希望」の状況におかれた彼らと、布団の中でぬくぬくフリック入力をかましている私では物事の土台が違うのだと想像することが出来た。(教えてもらったんだけどさ。)
彼らの苦しみをぬくぬく生きる私が正しく理解することは当然無理な話だが、「踏んでしまうと希望がなくなる、心が死ぬ」「心が死ぬのは体が死ぬより辛い」ということだと思っている。
「沈黙」を観てからここ1ヶ月ほど毎日踏み絵ないしは棄教のことを考えているのでまた考えが変わるかもしれないが、今のところはそのように思っている。

さて、踏み絵としての大森靖子と「JI・MO・TOの顔かわいいトモダチ」のこと。

当然のことだが「踏み絵としての大森靖子」は「ある人の思想・主義などを強権的に調べる」のほうの「踏み絵」を指す。

東京で好きなカルチャーで踏み絵して
だいたい同じ青春の友達できて
世界変わった!って錯覚してさ
地元に帰ったら話通じない

この「東京で好きなカルチャーで踏み絵して だいたい同じ青春の友達できて」は、「地元には1人もいなかった、同じものを好きな人と知り合う」ことだとして。

一つ前のアルバム「TOKYO BLACK HOLE」の「少女漫画少年漫画」では「CDや映画や漫画を貸しあって」「ババ抜きみたいに下校する」、つまり同じものが好きな似たような人と連れ立って一抜けする様を歌っていた。
(あれは、学生時代特有の腹の探り合いだと思うので、本当に好きなものだったかは別の話。)

それに対して「踏み絵」は、「私はこれを信仰していませんよ」と示すことだ。

地元で踏んだ絵で思い出すのは浜崎あゆみ、あゆだ。
あゆのことはよく知らない。あゆはギャルの持ち物だったから、近づいてはいけないものだと思っていた。
「私なんぞがあなた様達の神様を信仰するなんて滅相もない」、
ギャルの領分を侵犯する意思はないことを示す非暴力・服従としての踏み絵、歪な地元社会で生きていく為だ。結構必死で生きていこうとしていたんだな。

もう一つの踏み絵は漫画だった。
今でこそ「この漫画が最の高だった」というブログを書きなぐったりしているが、それはここ4、5年くらいの話だ。
それまでの私は欲しいものを買わずに好きなものを好きだと言わずに細々と生きてきた。
なぜか、ごく簡単に言うと、「ヤンキーとオタクとそれ以外しかいなくて、オタクは全員ヤンキーにいじめられる」世界に属していたからだ。
いじめられることと好きなものを天秤にかけて、私は「漫画が好きな私」を対外的には手放すことにした。実際に踏めと言われたら踏んでいただろう。だってヤンキー怖いから。
踏んだことで私の心は死んだのだろうか。今は「『蟷螂の檻』が尊すぎて辛い」などとぼやいているのでそういう意味では比較的元気だ。本当に大人になって良かったと思う。
折角なので唐突に好きな漫画を貼る。

 

MO’SOME STING (ゼロコミックス)

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王文狐、好きな人(よその組のチンピラ)が自分のこと(上海マフィアかなんかのボスの息子)を好きになってくれないから、好きな人の姪っ子をいじめたり、好きな人をボッコボコに殴ったり蹴ったりする。とても可愛い。

話は戻って、東京で踏み絵した好きなカルチャーとはなにか。
私の進学先は東京ではなかったが、大学生になった途端、バンドを好きな友達がたくさんできたのでとても嬉しかったことをよく覚えている。
しかしながら大学生は欲深いので、バンドが少し売れると「俺はそんなの聞かねえ」と、俺の好きなバンドの方が特別で誰も知らなくてかっこいいんだぞ競い合っていた。
私が言うまでもなく的確な既存資料があるので参照してほしい。

”超”初級サブカル女子入門 - トゥギャッチ

私だってサブカルチャーに没頭していた頃は、メインカルチャーに迎合している人たちを見下していたわ。

「あゆの踏み絵」は領域侵犯以外にも意味があった。
特別になれないからと、みんなが好きじゃないものを好きになって、みんなが好きなものを見下すことで自我を保っていたのは13歳の頃だった。
その頃大森さんも13歳だから、シングル「SEASONS」収録11曲のうち9曲が「SEASONS」およびそのリミックスだったものを聴いたのではないだろうか。
今なら9曲のリミックスを聴き比べてみたいと思うが当時は「SEASONSしか入ってねえぞ、TO BEもなんか知ってるのと違うし」と思っていた。
メインカルチャーから距離を置くことで生まれる下層の連帯感を醸す為の踏み絵、「流行りの音楽ってなんか苦手で(笑)」、よくわかんねえなあと思いながら父親の持っていた洋楽を聴いていた。今思うとあゆよりよっぽど売れていたCDだ。

ここで、「大森さんが踏み絵にされる場面」のことを考えよう。
「沈黙」でモキチが唾を吐くことができなかった踏み絵は聖母だった。
「ドグマ・マグマ」のMVはキリスト教的なモチーフが多用される。その辺は詳しくないので語れることはないが、十字架を背負うのはゴルゴダの丘に向かうキリストだろうし、アーティスト写真はヴェールといいポーズといい、マリア様だろう。

メインカルチャーから距離を置く態度を示すものとしての踏み絵。
「えー、大森靖子?昔夏フェスで観たことあるよ、弾き語りはよかったけどさー、最近セルアウトっていうかー、」と笑笑でジンジャーハイボールを飲みながら話す男子大学生(軽音部)を想像してみたら、かなりの確率で実在していそうで笑ってしまった。男子大学生じゃなくて、OLでもなんでもいいけど。
好きも嫌いも人の自由だから、そういう人のことはどうでもいいので、私の目に触れないところで達者にやってくれ、という感じだ。

問題は、「自分の立場を守るために、心が死ぬ」ときの踏み絵だ。
「靖子ちゃんのこと大好きなのに、学校で言ったら『お前、メンヘラかよ』って言われた。好きなのに言えなくなった。」と言っている女子高生のことを想像してみる、男子高校生でもいいけど。大人はそのくらい自分でなんとかしろ。
いるのかな、そんな悲しい子はいないでほしい。
「沈黙」で印象深い場面の一つは、役人に連れて行かれる隠れキリシタン・モキチに神父・ロドリゴが「踏んでもいい」と伝える箇所だ。自分を助けるため、また自分以外の誰かを助けるため、絵を踏むことを神様が咎めるものか、と私は思う。神様のことはよく知らないけど。
「好きなのに好きだと言えなかった」と嘆く人がいたら、大森さんは笑ってくれるだろうか、と考える。
私は職場では3人くらいにしか大森さんの話をしていない。「休みの日なにしてるの?」と聞かれても「本とか読んでます」と答えている。「大森靖子ちゃんのライブに行ってます!」とは言わない。
それがたまに、大森さんに後ろめたい。

大森さんはどちらの踏み絵にもなり得ると思うが、そもそも「踏み絵」という状況そのものが、とても悲しい。
以前大森さんが「少女性の守護神」として「KERA」(ロリータファッション雑誌、で合ってる?)の表紙になった時、「わたしたちが大切にしてきたもの、それは好きなものを好きっていう勇気」と書かれていた。
大森さんが踏み絵にならず、「好きなものを好きっていう」ことが、簡単にできること、大森さんが作ってくれるのはそういう世界だ。

ところで、あゆを踏み絵したような私にも地元に1人だけ友達がいる。
好きなものはディズニーと三代目J Soul Brothers。今でも2、3年に1度会う。いつもお香の匂いがする軽のワンボックスで家まで迎えに来てくれて、行き先はファミレスかイオンかスタバ。スタバよりいい店?「うみの」とかじゃないの、知らんけど。
関係性はいたってシンプル、高校の同級生だ。
高校生の頃はプリクラを撮ったりカラオケに行ったりして遊んでいた。歌が上手で、よく倖田來未を歌っていた。
仲が良くなった理由は簡単、ただ単に同じクラスだったからだ。
今後私が彼女のように「JSBまじ好き〜」という人と友達になる可能性は殆どない。大バッハが好きな人と友達になる可能性の方がまだ高い。
選民意識のための踏み絵も保身のための踏み絵もなくて、ただ同じ教室で3年過ごしただけで私たちは仲良くなった。それが「地元の友達」だ。

「好きなカルチャーで踏み絵」しまくっていた。今もしているけど。都会にはなんでもあると思ったし、地元は浸かり過ぎると風邪をひくぬるま湯のようなところだったから「ここにいたら退屈と自意識に飲み込まれて死ぬ」と思って逃げだした。それは事実だ。
「地元よりちょっと都会の大学に行って音楽の話する友達とかできて『もしかして私だってちゃんとやっていけるのでは!?』っていう気分の時に行きたいとか行きたくないとかなくて行くものだから行った成人式で元同級生の男の子と目があった時に『うわっ』て言われたあの時の気持ち」とかを忘れないで生きている。そろそろ忘れてしまいたいとは思っている。

そんなに長いこと帰るわけではないから、地元の友達に会うのは短時間だ。だから「もっと話したい」とは思うけれど、踏み絵の上に成り立つ人間関係に慣れ切った私は「話すほどにわかりあえないのがわかる」と思ってしまうだろう。
「JI・MO・TOの顔かわいいトモダチ」自体が私にとって「痛いほどわかる」なのだ。

「地元のトモダチ」というフレーズ、それこそ「メインカルチャー」であり「選民意識のために踏み絵」しかねない存在だ。インスタントな不幸自慢、思春期の頃の友達は少なければ少ないほど良き。田舎で群れるなんて以ての外。
「地元」に対する呪いの気持ちはインターネットにひたすら放流してきた。けれどそんな私でも地元のあの子のことは大好きだ。地元への気持ちはいつだってアンビバレント、いいところだよ、帰らないけど。

だから、大森さんが「JI・MO・TOの顔かわいいトモダチ」という曲を作ってくれたことで、私はまた一つ救われたような気持ちになったのだ。

「地元のトモダチ」を好きっていう勇気、今度帰ったらあの子と遊びたい。

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