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白昼夢、或いは全部勘違い

コンテンツの消費

中田君は「お前が自力で働く努力と、誰かが人に養って貰おうとやっている努力は、やり方が違うだけでどっちも生きていくためのものなんだよ」と言った。

私が大学時代に知り合った中で最もイケてる人、それが中田君だ。

外見は「アラサーちゃん」に出てくるオラオラくんをイメージして欲しい。あの頃は本当にジレが流行っていたので中田君もよくジレを召していた。ちなみにオラオラくんは慶応大学卒の会社経営者で年収は1000万オーバーという設定で、私はオラオラくんがゆるふわちゃんを馬鹿にしているコマで日経新聞を読んでいる描写がとても好きだ。

中田君とは、私が大学4年生のとき就職支援室でバイトをしていた時に知り合った。就活生のエントリーシートを読んで思ったことを言うと小銭がもらえる仕事だ。「そのギャル文字はいくらなんでもやめなさい」とか。当時は「こんなことで金もらって良いのかな」と思っていたが、人と話すことは大切なので就活生はとにかく人と話してくれ。
地味な地方大学である我が母校にしては珍しく最大手広告代理店の輝かしい内定を持っていた彼は、チャラくさい見た目に反して気さくな良い奴だった。何度かお酒の席を共にした時も乾杯するときはウェイウェイやっていたが、コミュ障気味の私とは一対一になってじっくり話を聞いてくれた。

卒業してからは一度だけ会った。社会人1年目のとき、バイトのなごりで就活生と話す会に参加したときだ。
打ち上げの席で名刺の見せ合いっこをしたが、彼の名刺は誰よりスタイリッシュだった。
そこで初めて聞いたが、下世話な元同級生曰く、「中田君の名刺があれば、合コンで女の子が無限に持ち帰れる」らしい。

そのときの私の表情は「侮蔑」の一言だったと思う。
当時の私は、普通の大学に入って、普通の大学を卒業したのち、普通の会社で働くことでしか自分を肯定できなかった。(これは後に「仕事とかいう、景気のような外的要因で簡単に左右される物事に心の拠り所を持つのは得策ではない」と諭されて考えを改めることになる。)
だから、「自分の力で働こうとしないこと」に対する怒りを露わにした。本当にそんな人いるの?名刺(イコール年収)でしか人のこと見てないじゃん、と。
すると中田君は、「お前は働いてるだろ。俺はお前の能力を評価してるし、頑張ってると思う。
でも、お前にはわかんないかも知れないけど、合コンで俺とか会社の先輩とかと付き合って結婚しようって思っている人は、可愛く見せるとかそういう努力で自分の暮らしをランクアップさせようとしてる。
お前がやってる自分で働く努力と、その子達の努力は、やり方が違うだけでどっちも生きていくためのものなんだよ。」と言った。

自分がなんと答えたのかは覚えていないが、私はこの中田君の言葉がとにかく嬉しかった。

大学を出て就職した。やればやるほど「女なのによくやってるじゃん」という評価にぶつかることは少なくなかった。
「でもやっぱり愛嬌が足りない」とか「でも結婚して仕事辞めるんでしょう?」とか、そういう言葉を投げられたこともあった。
「女の子が大学なんか行ってどうするの?」と言われたことはあるか?2004年の出来事だぞ!
やってきたことを「でも可愛さが足りない」と言う一言で全部をなかったことにされるのは、強すぎる呪いだった。

中田君が私に伝えたかったこととは趣旨が違うが、私は「世間が評価する女の子としての可愛らしさ」と「私が働いていること」を、やり方が違うだけでどちらも努力だと言って貰えたことがとても嬉しかった。
そして私の侮蔑は「可愛いだけで乗り切ろうなんて甘いんだよ」という、間違った方向への恨みによるものだったんだなと気付いた。
私が憎むべきは私を馬鹿にした人たちだし、「可愛い」へ近づくのは努力でしかない。
詳しくは「ブスの本懐」などを読めば良いと思う。

もう中田君に会うことはないと思うが、元気でいてくれることを願っている。

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