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白昼夢、或いは全部勘違い

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私が18歳の時に殺してしまった私の話

思春期によくあることと纏められてもほぼ30歳の私は怒らないけれど、よくあることだからといって辛くないわけでも消化できるわけでもねえんだぞ、と激怒できる程度のフィクション。

 

18歳のときのこと。

私が今まで持っていたと思っていたものはハリボテのズタボロで私にはなんにもなくて何の努力もできない空っぽだから、多分これから先どんなに楽しいことがあってもずっとずっと体の下から半分くらいは辛いままだからもうこれで終わりにしてもいいかなって思ったりしていた。

周りの音が全く聴こえないくらいの音量にしたMDを耳の穴に突っ込んで、ずっと同じロックバンドを聴いていた。「生まれたことを恨むのなら ちゃんと生きてからにしろ」と彼が歌うので、もうちょっと生きてみようかな、と思った。縋り付いて吐瀉物でべとべとにしてしまったような彼らの音楽は辛くなるので聴けなくなってしまった。

そのあとの大学4年間はリハビリのような期間だった。ただ毎日、起きて、ご飯を食べて、学校に行って、人と話して。友達らしい友達を作るのに2年かかった。

18歳までの私は回収する日を逃し続けている燃えないゴミのように転がっていた。段ボールに突っ込んで天袋の隅に置いて、いつか捨てよう、いつか捨てよう、と思っていた。

 

毎日なんとか働いて、「ちゃんと自分の食い扶持を稼げる私」だけを心の拠り所にしながらたまにライブハウスに通っていたある日、暗くて狭くて煙たい、ペンキをぶち撒けたコンクリートの壁に囲まれたステージで機材を並べていた彼を見た。大きな白いパーカーのフードを目深に被って、ろくろく顔も見えなかった彼から目を離すことができなかった。

マイナーコードのアルペジオ、執拗なまでに這いつくばる猫背、叩きつける和音、ようやく少しだけ見えた顔、何をとってもこれは私からの一方通行な運命だと思うほど、彼は私にとって寸分違わず完璧だった。

きっと、12歳の私も16歳の私も18歳の私も彼を好きになるだろうな、と思った。私は23歳で、彼は24歳だった。

音色の変化や音の粒の大きさに一喜一憂している、彼の音を好きなのは今の私だけれど、彼を好きなのは私が殺した18歳の私なのだろう。

 

18歳の私のことは可哀想だと思うしもっと大切にしてあげればよかったと思う。けれど、あの殺してしまった私のことを好きにもなれなければ肯定もできなかった。

今の私を肯定することで手一杯だ。

 

なんでこんな使い古した話をしているのかというと、大森さんがライブのMCで「自分のことをなかったことにしちゃう、小さな自殺みたいなものに断固反対です」と(いう趣旨のことを)言っていたからだ。

そうそう、私、あの時私を殺しちゃったんだ、と思った。

 

 

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