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白昼夢、或いは全部勘違い

コンテンツの消費

「34の塊」が「ババ抜きみたいに下校する」ことについて

本人の意向によらず、育った環境によってのみ得られてその後変えられないもの、に強い関心がある。

西の端っこの海に面した街で育った私にとって、海は坂の上にある実家の自室から毎日意識せず目に入るものであった。
太陽は山から昇る、夕日は海に沈む。これは、東から昇って西に沈むのと同じくらいの真理だと思っていた。というより、当たり前すぎて、夕日は海に沈むということについて、明示的に意識したことがなかった。
それが壊れたのが、海のない平坦な街に引っ越した19歳のときだ。
家々の間から昇った太陽が遠くの山間に沈む坂のない街で平衡感覚が失われていく気がして、短い坂を探しては登って降りてを繰り返していた時期があった。ノイローゼだと思う。

得られない感覚に焦がれる話をしようか。

氷の街(trial) by kamisamaniaitai - Listen to music
北海道育ちの佐々木の歌を聴くといい。
「思い出も全部凍って」という歌詞、「凍る」ということ、私には冷凍庫の中にしか実感がない。我が家の冷凍庫には大抵、ピザ用チーズとキノコとカラーピーマンとご飯が入っている。
札幌の街は思い出も全部凍るほどなのだろうか。私にはわからない。
例えば私が今後の人生をすべて北海道で過ごしたら20年後くらいにはなんとか得られる感覚なのだろうか。しかし、それを意図した時点で、得られたとしてもそれは人工的なものになる。ほしいのは持っていることも意識しない感覚で、それが得られないから欲しがっているだけなので意識した時点でもうお終いだ。
私は臆病なので得られないとわかっているものだけを安心して欲することができる。

以上が長い前置きだ。
もう飽きた人は佐々木の歌だけ聴いておくといい。

 

少女漫画少年漫画 お茶碗 大森靖子@タワーレコド横浜ビブレ - YouTube

「教室には34の塊が」及び「ババ抜きみたいに下校する」、という歌詞の話をしたい。

「教室」と「34」と聞いて思い浮かべるのは、小学校、中学校、高校、はたまた塾や専門学校だろうか。のちに出てくる「生徒会長」という歌詞から察するに、生徒会がある中学校や高校だろうか、うちの小学校は生徒会でなく児童会だった。
「34」、これが一クラスの人数を指しているとしたら、私は中学校以外特に思い浮かばなかった。
理由は簡単、通っていた中学校が30人と少しの学級だったからだ。
高校は40人学級、退学する人も留年する人も殆どいないから、卒業するまでずっと40人だった。

「ババ抜きみたいに下校」した記憶はあるだろうか。
ババ抜き、同じカードが揃えば手札を捨てることが出来る。だから、自分と同じような人と連れ立って下校する様、だろう。

私の通っていた田舎の公立中学校はあまりのどかでなく、立ち回りを間違えた人から順に来なくなるようなところだった。
1人になることは社会から疎外されることだったから、お手洗いや職員室へ行くことも教室移動も登下校も、1人でいることは酷い恥だった。それこそ、罪ではなく恥の文化に満ちていたように思う。菊と刀、途中までしか読んでないけど。
「ババ抜きみたいに下校する」という歌詞から、登下校することに必死になってわざわざ遠回りしていた感覚を思い出す。誰とも一緒に帰ることができないのは、社会から取り残されることだった。

修学旅行でどの班にも入れないことや、遠足で1人でお弁当を食べることもよく語られるように思うが、この「下校」について歌われたのは初めてで、私を酷く辛くさせた。けれど、メロディがついてCDに閉じ込められたことで、「ババ抜きみたいに下校する」ことは普遍性を持たされた。

きっと今、この「ババ抜きみたいに下校する」ことで辛い思いをしている学生が、多分どこかにいるだろう。これを聴いてどう思っているのかはこっそり教えて欲しい。

私は、大森さんがくれた普遍性で、「ああ、そんなことあったな、」と、思うことが、ちょっとだけ出来たと思う。

 

前段、「育った環境のみによって得られる感覚」の話をしたのはなぜか。
私は、「34の塊」が「ババ抜きみたいに下校する」ことについて、身に覚えがあったことが嬉しかった。
全校生徒が8人の学校を卒業した人もいれば、登下校がスクールバスだったりそもそも学校の隣の寮に住んでいた人もいるだろう。
それは全く悪いことでも理解を妨げることでもないが、実感を伴わないものにはなるだろう。

大森さんの歌詞に、身に覚えのない出来事があると、いつも悲しくなる。
「結婚するわけじゃないけどペットボトルでキス」したことも、「笑笑でもいいから帰りたくない」と思ったことも、「夏、なんつーか、通過」したこともない。夏は大嫌いだから一年中夏を憎んでいるし、夏の間は夏が終わるのをじっと耐えている。「通過」なんてしてくれない。
買っていた頃の少年ジャンプの発売日は火曜だったから、「君が待つのは月曜日」の意味が最初はわからなかった。そんなことばっかりだ。

 

だから、「34」という一クラスの人数が感覚的に理解できたことがとても嬉しかった。

大森さんが、一クラスの人数イコール34人と思っていたのか、それとも34人くらいが1番多いでしょ、と思ったのか、音楽的な理由だったのか、わからないが、とにかく嬉しかった。

 

大森靖子「少女漫画少年漫画」の話。

アルバム「TOKYO BLACK HOLE」収録。

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