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白昼夢、或いは全部勘違い

コンテンツの消費

おそ松さんと大森靖子ちゃんのこと、及びコンテンツ消費における触媒について

お前ら本気か、私は本気だ。

 

大森靖子ちゃんのアルバム「TOKYO BLACK HOLE」に収録されている「ドラマチック私生活」に以下の歌詞がある。

侍(サブカル)死す おそ松に輝く

ドラマチック私生活

おそ松さん」の公開が告知されたのが去年の夏らしいが、大森靖子ちゃんがこの曲を書いたのは一昨年の冬らしい。
もし万が一「おそ松さん」というアニメがなく、「おそ松」という歌詞があれば、特に話すことのない私は「ビートルズもシェーってしてたよね」なんて言っていただろう。
この偶然、「大森さんすごいなぁラブ」と思ったので、本編放送終了直後だった「おそ松さん」を見ることにした。有料配信サイト、大変に便利。
毎週同じ時間にテレビを見るのと、テレビの前に長時間座っているのがとても苦手なので、テレビアニメを見たのは久しぶりだったし、ましてや全話ぶっ通しで見たのは初めてだった。
しかしこれが大変面白かったので、GWの夜中に2日かけて全話無事に観賞した。
(何が言いたいのかと言うと、大森さんのことはとても好きだけどアニメには疎いので私の感想はお手柔らかに読んで欲しい、ということだ。)

 

そして最近、こんなことがあった。

 

ので、誰かにどれかの曲をあてがって色々書くことにした。

次男 「背中のジッパー」/魔法が使えないなら死にたい(CDは四男に借りた)

ラストシーンを君と飾りたい

(元演劇部設定)

シーユーネクストウィーク

(言いそう過ぎる)

そこには なんにも なかった!

(カラカラ空っぽ!)

適当に拾ったコードで適当に弾いて適当に歌う感じ。

 

三男 「愛してる.com」/TOKYO BLACK HOLE

十把一絡げにして申し訳ないがドルオタの男性というものが基本的に苦手なのだけど、あら不思議、二次元フィルターを通すと大抵の物事はまろやかになる。(そうでなければ雨宮和彦の話なんて怖くて出来ないでしょう?)

ので、三男を通してやっと「アイドルガチ恋ソング」としてのこの曲を解釈することができた。

家族で外食 ばったり会うとなんか照れるね

東京近郊に住んでいる人は、地下アイドルと、家族で外食した先でばったり会うこともあるのかもしれない。

しかしまあ、彼の場合、照れるどころの騒ぎではない。大事故だ。

きみのおすすめにおもしろいものはひとつもなかった

それでもついていきたいと思った楽しい日曜

好きなアイドルが、自分をよりよく見せるためなのか、事務所に言われてなのか、主体的になのかはわからないけどおすすめしていた漫画だとか、ツイキャスやブログに熱心に公開しているコスメの話だとかを必死で傍受しようとする三男。

お、段々いじらしく可愛いものに、そして虚しいものに見えてきた。

 

さらにもう一曲、三男 「呪いは水色」/洗脳

三男の推しである地下ソロアイドル「橋本にゃー」ちゃん(ミックスがいずこねこみたいだ)は、最終話付近で結婚によりアイドルを引退する。同じ地下アイドル(なのかな、トト子ちゃん)に「せいぜい頑張れよ」と投げかけて、ベンチャーっぽい社長と結婚する。えぐい。

大森さんのディスゴグラフィーを見ながら、どの曲がいいかなーと歌詞を思い出していた時、にゃーちゃんが結婚したことを思い出した。

同じ約束をあの人ともしたのね

「生涯アイドルだよって、僕と、僕以外のファンとも約束したじゃないか」

そんな喧嘩もできなくなるわ

ステージを降りたアイドルとファンは、元の、ただの他人に戻る(元より、喧嘩ができるほど対等なステージに立っていないのは別として

あなたは正しい、それでもやっぱり私だって正しい

アイドルをやめて誰かの一番になることは幸せの形だし、でも偶像に夢を持ってずうっと追いかけることだって、きっと間違っていない

愛はただれて この体を蝕んでいく

好きでいることがこんなに辛い

生きている、生きてゆく、生きてきた

私たちはいつか死ぬのよ

それでも生きていく。

 

この曲が「アイドルガチ恋、からの結婚引退、からの死にたさ、からの決別(オタ卒、それでも生きていく)」に思えた。

「呪いは水色」、長らく、思春期との決別だと思っていた。初めてこの曲を聴いてから2年以上経っているが、自分の中からこんな解釈が出てきたことに驚いた。

 

四男 「TOKYO BLACK HOLE」/TOKYO BLACK HOLE

 ぼくがこの街を壊すはずだった

弱い正義で今宵射精

地獄 地獄 見晴らしのいい地獄

四男にはTBHしかない…って思ったけれど「働いてない僕はおっさんみたいに世界をキラキラさせることの出来ないゴミ…」って落ち込んでる四男のことを考えていたら、とても悲しくなってきた。四男は普通に大森さんの曲をどれでも聴いてそうだ。
あと、四男はTHE BACK HORNが好きだと思うんだけど、耐久鑑賞会に付き合ってくれた夫は銀杏BOYZじゃないかなって言ってた。Syrup16gは聴かないと思う。

 

長男と五男はピンとこなかった。

六男については後述する。

 

今回の「六つ子を通じて大森靖子ちゃんを再解釈することでどんな良いことがあったか」書く。

大森靖子ちゃんを聴き始めて、私の属性からの解釈しか出来ないことがひどくもどかしくなったことがある。
ライブを見ながら、もし今私がこれを右から見ていたら、後ろから見ていたら、という気持ちが高じて、私が男性だったら、私が学生だったら、私が中年だったら、その立場から大森さんに触れたらどんな思いがするのだろうと思った。
私が欲しかったのは「おっさんである私」「女子高生である私」「男子大学生である私」の視点からみた大森さんであって、その欲求はほかの人、おっさんや女子高生や男子大学生の感想をなぞったところで何も満たされなかった。
今でもそう思っている。

特に「愛してる.com」、「アイドルガチ恋ソング」と呼ばれて久しいが、「アイドルにガチ恋」したことも、ついでに言うとバンドマンガチ恋したこともない私には、自分のものとして、主観的に共感することがどうしてもできなかった。
しかし、今回、三男を通じて解釈したら、割とすんなり腑に落ちた。それが発展して、「呪いは水色」のことも、「アイドルガチ失恋ソングでは?」という新しい解釈を持つことになった。

私は男性ではないから、男性目線になって何かを消費することが難しい。前述の通り、それができないことがもどかしかった。私の想像力並びに創造力では、心の中に架空のおっさんを一から作り出すことはできない。
しかし、架空の人物である「成人男性無職童貞」の気持ちになることは、思ったより簡単だった。それは三男が、実在の人物ではなく、しかし確立された架空の人物であった為ではないかと思う。要は、取り込みやすかったのだ。
これにより、今まで「現実の私」の属性に則っていたものの、外側のものを見ることが出来た、と思う。
ありがとう三男、就職活動頑張れよ。

私とは逆に「主におそ松さんを愛好し、また大森靖子ちゃんを愛聴している」人の感想を、インターネットを漁って読んでみた。ちょこちょこと見つかった。
「この曲を◯◯が聴いているところ」を想像したり、「この曲のこの場面は◯◯と▲▲の関係のようだ」と考察したりと、いろいろなものが引っかかった。
(「変な柄のシャツ」を着ているのはだいたい次男だった)
(余談だが、「人違いでリンチされた次男」という替え歌に、不憫ながら笑ってしまった)

キャラクターに既存曲を「イメージソング」として当てはめる、というのは、よくあることだ。ポルノグラフィティミスチル、羽根でもなんでも休めればいい。
もともと好きなものをより深く思う為の道具・触媒として、誰かの創作物に投影してなぞる行為は楽しい。
私は、キャラクターを媒体にして大森さんの曲を別の角度から聴くことができたし、ほかの誰かは大森さんの曲を土台にして好きなものへの解釈を深めている。
いいことずくめだな、と思う。

ところで私は、六男のことがあまりよくわからない。
六男推しの夫に、「六男が『絶対彼女』聴いててもつまんないよね」と尋ねた。
夫は答えた。「トッティは『イミテーションガール』だよ」

私はようやく、六男のことが少しだけ理解できた、と思った。

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