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白昼夢、或いは全部勘違い

コンテンツの消費

15/03/29の日記

三朝に行ってきた。夜の部。

会場の三朝ニューラッキー(地名+会場名で書いちゃうけど別にハコじゃないから変だよね)は、かつて日本最高齢の踊り子さん(と言うのだろうか?)が出演するストリップ劇場で、現在は市だか県だかの施設として以外とアンダーでグラウンドなダンスなんかが演じられている不思議な会場だ。

私が「三朝ニューラッキー」の文字を初めて目にしたのは、大森さんの「魔法が使えないなら死にたい」に封入されていたツアー日程一覧であった。
私は大抵、インターネットでツアー日程くらいは把握している人のCDしか買わない。好きな人にだけお金をつぎ込むし、知らない人のジャケ買いなんかはまずやらない。「魔法が使えないなら死にたい」を注文したとき、私が聴きたかったのは「新宿」のバックトラックだけだったし、ライブに行こうという気持ちも特になかった。YouTubeで見たこともなかった。注文したのは完全にイレギュラーだった。
さて、CDを開けてツアー日程を見た。どのくらいの規模の会場でやっている、どのくらい集客力のある人なんだろう?と思いよく見ると、「鳥取県 三朝ニューラッキー(ワンマン)」の文字があった。

私が今まで見てきたバンドの世界では、鳥取県でワンマンライブなんて、よっぽど売れている人のワンマンツアーやホールツアーでもないとまず見かけない。
気になって調べてみれば、会場は元ストリップ小屋だという。Twitterでは主催の人が日々愉快な、でもどことなく切羽詰まった宣伝を行っている。
「ここまでして鳥取に呼んでワンマンライブをして欲しくなる人ってどんな人なんだろう?」
それが、私が初めて「大森靖子」というミュージシャンに興味を持った瞬間だった。
その後、YouTubeで見て「これだとなんもわからんしライブに行こう」と大阪公演ワンマンに行った。そこから先は推して知るべし。
(残念ながら三朝の日は先に予定を立てていたオワリカラを見に徳島県行った)
(この徳島でのライブがまた大変によかったので後悔はしていない)

その翌年、「絶対少女」のレコ発ツアー「絶対少女が夢見るBBaツアー14'」では三朝ニューラッキーに足を運んだ。
主催の工藤さんとその奥様と初めてお話をしていただいた。

工藤さんといえば、ブログ「田舎無職日記」が抜群に面白い。

田舎無職日記/リゾート地バカンスダイアリー

これを読んでいると、自分が守りにしか入れないひどく詰まらない人間なのは自覚しているし、でも、私だって私の立場でそれなりに大変だし、と、私には歩めない人生だといえばそれまでなのだけど、なんだか私は私で頑張って生きていこうかなぁ、みたいなふわっとした希望のようなものを得られる。
ちなみに登場人物の中で一番パンチが効いているのは元自分のストーカーであり無職の人と結婚した奥様だと思う。
インターネットでしか見たことがないが、私は奥様の絵がとても好きだ。
我が家には、昨年のツアーで開催されたじゃんけん大会で旦那が獲得した奥様の手形の色紙が飾ってある。

そういうわけで、私が大森さんを好きになったきっかけとも言うべき三朝でのライブを、運良くチケットを友人に譲っていただいた私はとても楽しみにしていた。

前回三朝に行った際は、倉吉から白壁土蔵群に行き三朝へ向かったが、今回は日帰り温泉に入ろうと「三朝温泉口」という如何にも三朝温泉に行けそうな高速バスの停留所で降りた。
GoogleMAPを片手に歩いたが、行けども行けどもつかない。「三朝温泉口」から「三朝温泉」までは3.5キロだった。私はなぜかいつも矢鱈と歩いている。
わけのわからない時間帯についたせいか温泉はとても空いていた。露天風呂をほぼ貸切で満喫し、大変に美味しい烏賊の漬け丼をもりもりと食べ、打吹公園だんごを購入してから三朝ニューラッキーへ。
私は底意地が悪いので出身地以外の食べ物を褒めることは滅多にないが、金沢・鳥取日本海側の食べ物は概ね好きだ。
都会に行けばなんでも買えるこのご時世に、賞味期限がたいそう短いため現地に行かないと食べれない名物が愛おしくてならない。今年も打吹公園だんごを買うことが出来てとても嬉しい。べらぼうに美味しい。

さて、ニューラッキーは見るからに趣き深い建物だ。
春休み中の日曜日ということもあってか旅行客で賑わっており、ニューラッキー前で記念撮影をする一般の人もいた。
50人が入った会場は満員御礼であり、ストリップ小屋とはこういう作りなんだろうなという様子の手しか見えない受付口からは工藤さんの奥様のか細い声が聞こえてきた。うまい棒がおまけとしてついてきて、整理番号がゾロ目の人には当たりとして竹輪が振る舞われた。なぜ竹輪。うらやましい。

大森さん。
全部生音。
奥行き2メートル、幅4メートルもなさそうなステージを所狭しと移動しながら歌う大森さん。

大森さんがステージの上で出す音は全部音楽だ。音楽ってなんだ。吹奏楽部の先生は「音楽とは音で楽しませること」って言ってた。
音楽だと曖昧すぎるから、言い換えるなら、大森さんがステージで出す音は全部意味のある音だ。
大森さんはアコースティックギター一本でたくさんの音を出している。
ギターを鳴らす音だけじゃない。ピックでピックアップをつついてみたり、ドレスの飾りをギターにぶつけて鳴らしてみたり。そして三朝で久しぶりに聴けたのはあの足音だった。
ハイヒールと固い床ではなくスニーカーに絨毯のステージだったけど、曲の要所要所で鳴らされる足音は音楽の一部だった。
大森さんの身振り手振りに無駄なものは一つもない。今、ステージのどこからどこを見ているのか、その視線一つにも意味があるように思えてならない。
スピーカーの上に腰掛けて壁に頭を預けて客席を見るか大森さんは絵みたいにきれいだった。
大森さんのステージは演劇みたいだ。演劇、見たことないけど。

1.PINK
2.I love you
3.キラキラ
4.展覧会の絵
5.エンドレスダン
6.絶対彼女
7.お茶碗
8.愛してる.com
9.魔法が使えないなら
10.あまい
11.呪いは水色
12.ノスタルジックJ-POP
13.ファンレター
14.君と映画
15.ワンダフルワールドエンド
16.ハンドメイドホーム
17.新宿
18.あたし天使の堪忍袋

19.夏果て
20.パーティードレス

(The工藤玲央さんのコーナー)
1.本当は君の友達の方がタイプだった
2.工藤と大倉とぽんた

(大森さん)
21.さようなら

1曲目、PINK、びっくりした。してやられた。

「I love you あとは つまらないことさ」と大森さんが歌う。
嫌なことは、まあ、たくさんある。私はどうやったらもっと上手に生きていけるのかと思うこともある。
でも、大森さんがいるときは、大森さんがいて、私がいる、それだけで世界は完結している。あとはつまらないことなのだろう。

「お医者さんの友人に、芸術家はいいね、と言われた話」をしてくださった。
お医者さんはマニュアルに即したルーティンであり、芸術は尊いとか、そういう趣旨のお話。
大森さんは反対に、芸術は生きる上で、例えば食べ物のようにないと死んでしまうものではないことについて話していた。

例えば今私が刺されたら。
大森さんのCDを聴いたって私の傷口は塞がらない。
お医者さんが縫合してくれたら、もしかしたら助かるかもしれない。
でも傷口が塞がり命を長らえたとしても、それだけではただ「死んでない」という状態だと思う。
衣食住があって適切な医療があって、でもそれだけだと私は「死んでない」だけで、たとえば家族と過ごしたり動物園に行ったり美術館に行ったり、なにか特別美味しいものを食べて美味しいと思ったり、音楽を聴いたり泣いたり、それを持ってして私は「生きている」。
もちろん、医療は「死んでいない」状態を作ってくれる。栄養だってそうだ。死んだら生きていられないから、死んでいないことは大前提だ。その上で、「死んでいない」私が「生きている」となること、それは「なくても死なない」ものによって成り立っていて、私にとってそれは大森さんだった。
私は大森さんがいるから、「生きている」を実感できる。それじゃ駄目かな。

大森さんはお医者さんではないし、私のメンタルは存外丈夫だ。
お母さんのご飯が美味しいこと以外にいい思い出が一つもないあの街にはもう帰らないし、登校拒否も無断欠勤も休職もしたことがない。
病名を持たない私に処方される薬はないけれど、私は大森さんの歌を聴いていれば多分大丈夫だ。お医者さんと同じくらい、私には大森さんが必要だ。それじゃ駄目かな。

大森さんが目の前で歌っているだけで私の胸はいっぱいなので何か気の利いたことが書ける気がしない。
ただ、歌っているとき大森さんが笑ったのがうんとかわいかったなぁ、とか、そういうことしか言えない。

終演後は久しぶりに工藤さんや工藤さんの奥様とお会いできてよかった。
行ったこともなかった土地に1年ぶりに行って、「お久しぶりです」と言ってくれる人がいるのはとてもいいことだ。
人付き合いの悪い私にしては珍しいが、大事なことだなと思ったのでまた三朝に遊びに行きたい。

大森さんとちょっとだけお話してもらって近所でご飯を食べてバスでおうちに帰った。
一緒にバスに乗って帰った人たちは私も含めてみんな次の日から働いていた。
早朝に飛行機で東京に向かいそのまま仕事の人もいた。
みんな頑張って、たまに大森さんを見て、また頑張っている。

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